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看護学生が患者としてインフォームド・コンセントを体験した素直な感想

公開日: : 最終更新日:2015/03/08

インフォームド・コンセント(以下、ICと表記)は、ここ数十年で急速に普及し、今や医療に欠かせないものとなりました。「医者が自分を守るための手段ではないか」「わざわざ怖い話をしないでほしい」などの批判も多いのですが、看護学生になってから入院・手術を経験した私としては、

ICがなかったら困る。
ICが普及した時代に生まれて良かった。

と感じています。

ICをめぐる議論

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以前、医療ドラマでこんな場面を目にしました。術後の合併症を理由に「訴訟を起こす」と言い出した患者に、医師が「それは事前に説明しました! あなたは同意書にサインしたじゃないですか!」と言って、急にポケットから取り出した同意書を突きつけるのです。

正直、こういう演出はやめてほしいと思います。「やっぱりICって医者のためのものなんだ」と思ってしまう人がいるかもしれないからです。(ついでに言うと、同意書をポケットに入れて持ち歩いている医師がいるのか? というのは大いなる謎です)

確かにICは、医師が身を守るための手段としても機能しています。でも、それはいわば「副効用」であり、主要な目的は「患者の理解、納得、同意、選択」だと思うのです。患者側がそこをきちんと認識していないと、医師が時間をかけてわかりやすく説明したとしても、かえって不信感が生まれてしまうかもしれません。

「知りたくない」「聞きたくない」という患者さんの希望は尊重すべきだと思いますし、看護学生である私がICの是非を論じるのは適切ではありません。そこで今回は参考までに、私が全身麻酔下手術の前にICを体験した感想を、日記ふうに綴ってみます。

先生方が集まってくれたことに感謝

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入院1日目。「明日の手術について説明があります」と言われ、私は緊張しながら診察室で待っていた。

隣には母が座っていたが、ICが始まる前に母には退出してもらうつもりだった。何となく恥ずかしいから……というのもあるが、最大の理由は、日頃から母が「言葉にしたことは現実になりやすくなるから、不吉なことは決して口にしてはいけない」と言っていたことだ。
ICは、未来に起こりうる不吉なことを言語化しなければいけない場なので、母には同席してほしくなかった。

しばらく待っていると3人の医師が現れた。母は「よろしくお願いします」と頭を下げてから出ていった。
入院前の私は「重要なことは外来で聞いてるからICは1人でも余裕」と高をくくっていたのだが、いざ3人の先生方と向かい合って座り、何ページにもわたる同意書を手渡されると、かなり緊張してきた。しかし、きわめて忙しい病棟業務の合間をぬって先生方が集まってくれたことに感謝し、ぴしっと背筋を伸ばして話を聞くことにした。

心配できない、覚悟できない

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病状の説明から始まって、「放っておいたらどうなるか」「他の治療法はあるか」「どんな手術をするか」などの話があり、後半はほとんど手術に伴うリスクの話に終始していた。ここで「そんなに脅さなくてもいいのに」と反感を覚えたり、手術を受けるのが怖くなってしまったりする人もいるらしいが、私は意外と平気だった。

なぜ平気だったのか。理由はいくつか考えられる。
ICとはそういうものだと承知している。
・命に関わる病気ではないし、大手術ではない。
特に重要なことは外来で聞いたので、数か月かけて心の準備をしていた。
・創部感染、深部静脈血栓症などと聞くと、「どれを看護問題にしようか」と反射的に考えてしまい、術後の看護計画を立て始めてしまう。

そして何よりも、

いっぺんにそんな色々なことを心配するのは不可能。

患者になって初めて気づいたのだが、どうやら人間は「心配事のキャパシティ」が決まっているらしい。個人差はあると思うが、非常に気がかりなことが数種類あるとキャパシティが埋まってしまい、他のことは心配できなくなるようだ。特に病気になると、人生観を揺るがすほどの心配事に直面することもある。

私は事前に外来で聞いたことが気になって気になって眠れないくらいだったので、その他もろもろの合併症や、術後の痛みのことまで心配する余裕がなかった。本当に、すべてのキャパシティが埋まっていて心配できなかったのだ。

また、ICは「覚悟するための対話」と言われることもあるが、覚悟なんてできないと私は思う。さまざまな合併症が起こりうることを「承知」して、何があっても運命なのかも……とボンヤリ考えることはできるが、実際に起こってしまったときのつらさは想像できない。

同意書にサインすることと「覚悟」することは、まったく別の次元にあるように思う。

不安を察していると伝えること

説明が一通り終わると、先生は「不安ばかり煽ってしまってごめんなさい」と言った。

別に。ICってそういうものでしょ? どうして先生が謝るの? と思った。

よく考えてみると、悪いことをしたから謝るというわけではなく「あなたの不安を察している」と伝える、という意味合いが大きかったと思う。不安を察してもらえるというのは、それだけでスッと胸のつかえが取れるような感覚なのだが、言葉にしないとなかなか伝わらない。

ふと思い出すのは、電車が遅延したときの車内アナウンスだ。
「お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
何も悪いことをしていない、復旧のために奔走している車掌さんが、なぜ謝るのか。
かつて「鉄道会社を代表して?」と解釈したこともあったが、これも「皆様が急いでいることや、迷惑だと感じていることを理解しています」というメッセージなのだと思う。

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大学入試センター試験監督マニュアル

病室に戻ると、私は同意書の内容を母に説明した。「ちゃんと納得してからサインしてね」と言ったのに、母は「どうせ手術することは決まってるんだからいいじゃない」と、ササッとサインしてしまった。

「わかってないな」と思いそうになったが、実は母の言う通りなのである。
私は手術を受けるために入院している。すでに予定がキッチリ組まれ、前処置も始まっている今になって手術を拒否するつもりは一切ない。それならサインしてから説明を聞いても問題ないということになる。違和感を覚えるのは、私が形式にとらわれすぎているためだろうか。

 

ところで、まず起こらないであろうことが詳細に書き込まれた同意書は、あるものを彷彿とさせた。
以前、パラパラと読む機会があった大学入試センター試験監督マニュアルだ。

「こんなときはどうするか?」というコーナーでは、実に多くの事例があげられていた。例えば、
・受験生と受験票の写真とが別人のように思われる場合。
・受験生から「解答用紙が汚損したので交換してほしい」という申し出があったが、特に汚損しているようには見えない場合。
などである。
「こんなこと実際にあるのか? いや、可能性としてはあるんだろうけど……」と思うような事例ばかりで、読んでいると不覚にも笑いが込み上げてくるのだ。

いつしか私と母は、同意書を読みながらセンター試験監督マニュアルの話で盛り上がっていた。まったく笑い事ではないのに笑ってしまったのは、今にして思えば一種の防衛機制だったのかもしれない。

この体験談を書いた理由

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今回の体験談を多くの人に伝えたいと思った理由は、「看護学生が手術を受けるのは珍しい」ということだけではありません。

これほど色々なことを考えていたのに、実際のICで私が発した言葉といえば、

「はい」
「わかりました」
「そうですね」

ぐらいだったのです。最後に気になることを2つか3つ質問して、終了となりました。

ICは緊張する場面です。事前に考えておいた質問をするのが精一杯で、素直な思いを言葉にするのは難しい患者さんが多いと思います。
そのため、あくまでも一例ですが、「患者はこんなことを考えているのか」というのを医療者の方々に知っていただきたいと考えました。「不安」や「恐怖」という言葉では表現しきれない、複雑な気持ちを感じていただければと思います。
また、患者さんがICの意味を考えるための参考になれば、とても嬉しいです。

<補足>
公開当初、本記事のタイトルは「術前インフォームド・コンセントを受けた素直な感想」でした。しかし、ICは「説明を聞いた上での同意」を意味し、患者が「受ける」ものではないため、改題すべきと考えました。2015年3月8日、筆者の判断により「看護学生が患者としてインフォームド・コンセントを体験した素直な感想」としました。本文中の表現も一部改変しました。

<参考文献>
・医療情報科学研究所編. 公衆衛生がみえる 第1版. メディックメディア. 2014; 68-69.

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