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医学生が語る「瞑想」の魅力

公開日: : 最終更新日:2014/12/28

随分と昔の個人ブログからの転載になるが、2012年3月の出国直前、僕がヴィパッサナー瞑想に行った時のことを綴ってみようと思う。

医学生がスピリチュアルなものに触れることにもそれなりの意義があると思うので、ヴィッパサナー瞑想に興味がある方が読んでくれれば、またはこれを読んで興味を持ってもらえれば幸いだ。

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|ヴィパッサナー瞑想に行ってみた

2013年春、千葉県茂原市で定期的に開催されるヴィパッサナー瞑想の体験コースに参加してきた。途中まで。 

 

・・・そう、途中まで、だ。リタイアである。瞑想5日目・コース6日目にして脱走してきた。実際、振り返ってみてもあの時は実に迷走していた。

 

出発前、あれだけ周りに「俺、12日間瞑想して仏陀になって帰ってくるわ!仏陀が菩提樹なら俺はアフリカのバオバブの木の下で説法するぜ!」なんてドヤ顔で語っていたくせに、ある意味すごく自分らしい結果に終わってしまった。

 

コースの半分しか消化できず、ここからが本番!というところで逃げ出してきた僕にヴィッパサナーを評する資格がないのは重々承知しているが、あくまで・体験感想記として読んで頂ければ幸いである。

 

 

|ヴィパッサナー瞑想とは?

ヴィッパサナーとは仏教における「観」のパーリ語の発音で、「よく観る」「物事をあるがままに見る」ことに集中し、「今・ここにいる自分」への気づきを重視する上座部仏教系の瞑想法である。「自分の内へ、内へと真理を追究する修行だ」と瞑想中も度々講釈された。

 

※正直僕もよくわかってない部分もあるので、詳しくはwikipediaを参照ください(こちらから)。

 

 

|参加動機

もともと瞑想には興味があった。ブックオフの棚に並べられた「瞑想。生きる術を学ぶ。」みたいなちょっとアヤシいニオイのする古書を横目に、どこかで機会があればやってみたいな、なんて思ってた。

 

直接的なキッカケになったのは、青木優さんのブログだ。世界一周を終えて帰国した青木さんが、「インドでヴィッパサナーと呼ばれる瞑想をした」とツイートされてるのを見て、オモシロそうだな行ってみよう的なノリで参加を決意した。

 

 

|参加したコース

僕が参加したのは「日本ヴィパッサナー協会」の体験コースだ。日本には千葉と京都と2つの支部があり、12日間の千葉支部でそれにインターネット予約をした。ちなみにこの時点で僕のヴィパッサナーに関する予備知識はほぼ0だった。

 

 

|コース概要

すこし客観的にコースの様子や何をしたかなんてのを報告してみる。

 

1.場所・施設

千葉県茂原市、茂原駅前からシャトルバスに乗り約20分、そこから送迎の車で約10分の場所にある車の音もほとんど聞こえないような田舎に、ダンマーディッチャと呼ばれるその瞑想施設はあった。

 

小学校のグラウンド1個分ほどにに切り開かれた山中に

①食堂

②宿泊棟(テントもあり)

③トイレ・シャワー・洗面所

④瞑想ホール

があり、建物はどれも比較的新しかった。

④を中心に敷地をちょうど二分割する形で②~③は区切られており、女性サイドへの出入りは禁止されていた。①でも両集団の食事スペース間には壁が設けられていたが、④瞑想ホールは男女共用で、目に見える仕切りはないが右半分が女性、左半分が男性と割り振られていた。

 ②宿泊棟は平屋の真ん中をすだれで区切った8m×4mほどの簡素なつくりで、その中で用意された布団・毛布・銀マットを使ってドミトリー的宿泊。隣の人との間隔は大体30cmないくらいだった。

 ③トイレ・シャワー・洗面所も割りと綺麗で、工事現場に置かれてる簡易式のようなものだった。しかしながら熱いお湯がちゃんと出るのが日本クオリティである。

 

 

2.期間

僕が申し込んだコースは2月29日~3月の11日までの12日間で、初日と最終日の説明日を除いた10日間で瞑想合宿が行われた。

ちなみに抜け出したのは瞑想5日目、即ちコース6日目、ちょうど真ん中の日だった。先生(指導者の方)とリタイアについて面談があり、どうやらそこまでの5日間が上り坂だったようで「あとは下り坂なのにもったいない」と散々言われた。

 

 

3.食事

食事は完全にベジタリアン食だった。卵も魚もなしで、仏教の「不殺生」を徹底していた。主なタンパク源は大豆で、カレーに砕いた揚げ豆腐を入れる工夫には感動した。

 

食事は朝6:30と11:00の一日2回だ。それに加えて17:00にはティータイムが設けられており、バナナ1本とオレンジ(またはりんご)1/4切れが食べられる。紅茶類は食事時には自由に好きなだけ飲めて、インスタント珈琲もあった。夕方だけ蜂蜜が出るので、「蜂蜜生姜檸檬ティー」を砂糖たっぷりで飲むのが習慣だった。

 

献立は支部によって異なるらしいが、千葉では

 ・朝→米+味噌汁+パン(ジャム2種類・バター・オリーブオイル・醤油・味噌・塩・ゴマ・梅干はオプショナル。このバターでバターご飯にしていた。)

 ・昼→米+スープ系のメイン料理+サラダ(調味料各種あり。でも昼はバターなし。)

 といった具合に、これらを自分で好きな分だけよそって好きなだけ食べるシステムで、存外の豪華さに驚かされた。メイン料理はカレーだったりスパゲッティだったりと日替わり。米は玄米・白米・おかゆの3種類あって、玄米がトンデモナく美味かった。

 

ちなみにヴィパッサナー、全て寄付金で運営してるらしく、僕はタダで毎日飯食ってたことになる。「1日1食お粥のみ!」のような粗食生活を想像してただけに、この点に関しては最高だった。ちなみに、食後は自分で使った食器を洗って戻すのだけれど、流しもお湯が出た。

 

 

4.ルール

仏教の基本的な五戒(不殺生、酒ダメ、盗みダメ、性欲ダメ、嘘ダメ)に追加として

 ・ 正午以降食べ物を摂らない。

・ 娯楽を行わず、身体装飾をしない。

・ ぜいたくな、あるいは高い寝台で眠らない。

が定められており、他にも

 ・他の宗教行為の禁止

・聖なる沈黙(ノーコミュニケーション。目も合わせちゃダメ。)

・散歩以外の運動禁止

・禁煙

・外部との接触禁止(敷地内からも出れない)

・音楽、筆記、読書禁止

 などなど、基本的に瞑想すること以外ほぼ禁止されていた(この戒律の厳しさに惹かれた部分も大いにあるわけだが)。

 

休み時間が食後に1時間ほどあったが、たいていすることもなく同じ所をぐるぐる散歩し、座って空を見あげていた。ルールに関してはそこまでキツイと感じず人間の順応力の偉大さに感服したわけだが、ただ一点、「思いついたことを書き留めるのも禁止」というのは辛かった。

 

最もイライラしたのは天気の悪さ。6日間の滞在中、晴れたのは1日だけだった。四六時中 雨or低い雲で三方を山に圧迫的に囲まれてる空間というのは、精神衛生上あまりよろしくないのかもしれない(秋田県の高い自殺率を思い出した)。

 

 

5.一日の時間割

毎日決められた時間割通りに、鐘の音を合図に小学生のように行動していた。 

午前 4:00 起床のベル

4:30 – 6:30 ホールまたは各自の部屋で瞑想

6:30 – 8:00 朝食と休憩

8:00 – 9:00 ホールでグループ瞑想

9:00 – 11:00 ホールまたは各自の部屋で瞑想

11:00 – 1:00 昼食と休憩

(午後 12:00 – 1:00 指導者との面談)

1:00 – 2:30 ホールまたは各自の部屋で瞑想

2:30 – 3:30 ホールでグループ瞑想

3:30 – 5:00 ホールまたは各自の部屋で瞑想

5:00 – 6:00 お茶と休憩

6:00 – 7:00 ホールでグループ瞑想

7:00 – 8:15 ゴエンカ師の講話

8:15 – 9:00 ホールでグループ瞑想

9:00 – 9:30 ホールで質問の時間

9:30 就寝/消灯

 

とかく瞑想、である。

 

 

6.瞑想

瞑想ホールには指定の場所に青い座布団と毛布が置かれていて、その上でじっとしていなければならない(グループ瞑想以外は散歩とかの適宜小休憩もあり)。姿勢は自由で、背筋が伸びてればなんでもいいらしいのだが、あぐら派が多かった。

 

瞑想ホールは明るさ調整できる橙灯がうっすらついた空間で、ちょうど高校の教室2個分くらいの広さだった。外界からの刺激(光や風)が瞑想の妨げになるので、徹底した外部との遮断がなんとも言えない不思議な雰囲気をつくっていた。

 

瞑想の先生(じいさんとばあさん)2人が高椅子の上に着座し、それに向かい合う形で男性26名、女性約10名が瞑想する風景には、未だかつて経験したことのない異質の一体感を感じた。ゴエンカ氏(開祖の人)のクセのある英語と通訳女性の声が交互に吹き込まれたテープが時間になると流れ始める。パーリー語であろう言葉を不思議なメロディ(リズミカルなお経のようだった)にのせたゴエンカ氏の読経に聞き入りながら瞑想する。

 

少し主観が入るが、一番疲れるのは毎日夜7時からの講話の時間だった。約1時間半にかけてナレーター女性が仏教・瞑想について語るのだが、ひたすらに長い。そして例えが多い。ひとつの事例に最大5つも例えが用意されてた。それと上手く言語化できないのだが、何かこの女性の声の抑揚に違和感を感じずにはいられず、それが妙に気持ち悪かった。

 

ただ、内容的には仏教本流の教えから大幅にずれるようなことは言っていなかった(と思う)。僕自身が割と懐疑的な人間なので、母親からヴィッパサナーの悪い噂なんかも聞かされ、多少なりとも疑っていた節もあったが、その心配は無さそうなのでこれから行かれる方は安心して欲しい。

 

 さて、気になる瞑想の内容は、

 ・一日目→自然の呼吸の意識。鼻の穴を通る息の感覚に集中。

 ・二日目→鼻を覆う上唇を底辺とした三角形への意識の集中。そこに触れたすべての感覚に意識を向ける。

 ・三日目→上唇を底辺に、上部を鼻の穴・入り口に置く三角形への意識の集中。そこに触れたすべての感覚に意識を向ける。

 ここまでがナントカという(名前忘れた)呼吸法の修行。瞑想に使う道具の訓練みたいなものらしい。何かを教わるというより、知っていたことに気づけという感じだった。

 

四日目の夕方の瞑想から内容が一転し、ついにヴィッパサナー瞑想が始まった。頭の頂点に意識をまずは集中させ、そこから顔、首、のど、胸、腕、指先、もも、脚、足といった風に、体の末端へと徐々に集中した意識のエリアをずらしていく。体の各部で何か感覚(服の触れる感覚でも、熱でも、圧力でも、何でもよい)を感じたら次の部位へと移動させる訓練。これがヴィッパサナー瞑想らしい。

 

最終的にはこの意識集中のエリアを小さくしまくり、外部だけでなく内部も観察し、体中のすみずみを「そこにある」ものとして、すべて知覚できるようになるのが目標だと言う。「何か特異なものを悟る」という類いの超人的なものではなく、「ただあるがままを観察する」のがヴィッパサナーの教えだそうだ。

 

講話の時間にゴエンカ氏がテープで言っていた。

「人間は自らの外へ、外へと真理を求めてきた。それを内に求めることもせず。」

確かに一理あるんじゃないかなあとも思う。その突き詰めていった究極の自己の「内」にどれだけの真理が詰まってるのか、コースのメインを食べずに帰ってきた僕にはわからず終いだったけれども、仏教的な諸概念をベースとするならばかなり理にかなった方法論なのではないかと感じた。

 

  

|感想など

 

「何でリタイアしたの?」、せっかく茂原市まで行ってなぜ、ということを当時は度々聞かれた。確かにその通りである。 
 

行きのバスの中や待ち時間、コース参加者の何人かと少しの間お話できた。年齢層は割りと高く、何人かリピーターまでいたが、共通して「ヴィッパサナーをするためにわざわざ12日間あけてきた」という前提があった。

対して僕は「アフリカ一週前に、こういう機会でもないと一生縁がないかもしれないから行ってみよう」程度で「12日間禁欲瞑想してみた!」というネタ作りで参加した不純な節が8割くらいあった。

それを言い訳にするわけではないが、それ故に同じ時間瞑想していても質において差があっただろうし、辛い壁を乗り越えるモチベーションも違ったように思う。

 

そしてもう一つ、参加してから気づいたことがあった。

諸行無常や一切皆苦、輪廻転生や解脱といった仏教観の強い瞑想の「方法」ではなく「雰囲気」に触れること、これが自分にとっての目的であったのだった。つまるところ、満足してしまったんだと思う。本当の真理も見るにいたらずに。

それに気づいた4日目あたりからは瞑想中に「これでいいんだろうか?」と考え始めてしまった。

出国前の準備も完璧ではなかった。やり残したこと、会いたかった人がいた。それなのに「途中まできた。辛いところは乗り越えた。あとは耐え忍ぼう。」といった我慢は「コンコルドの過ち」になってないか、と。

 瞑想中は本当に意識をかすかな感触に集中させなければならない。アフリカ放浪を控えていた当時の自分にとって、邪念を一切合切消し去るのはかなり難しかった。

 

 今思えば、多分僕は参加するタイミングを間違ったんだろう。これからヴィッパサナーを考えてる人には特に考えてみてほしい。

「本当に『今』なのか?」と。

「前へ前へ」、そういう段階にいる人間にはこの『今』を見つめる修行は難しいと思うし、フィードバックも少ないように感じる。

 

 

 

 

|最後に。

今の世の中、どう生きていても情報がどんどん五感から飛び込んでくる。高度に発展した社会ならなおさらだろう。それはもう半ば避けられないことだ。そこから逃げ出し非日常に飛び込むことで自分を見つめなおしたい、そんな想いが自身の旅への憧れの中にもあっただろう。(参照「ひとりの時間について思うこと」

 

 だが、旅の非日常は他の誰かの日常だ。完全に外部とのつながりをシャットアウトできる場所なんて、手の届く場所にはそうそうないのかもしれない。言ってしまえば、ヴィパッサナーですら完全な断絶ではない。だが、それに近い状態・環境であるように、5日間ではあるが感じた。

 

こういう空間に飛び込み内省的になること。より良く生きるために、幅の広い医療者であるために、これもまた必要な経験なのではないかと思う。

 

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