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キベラスラム訪問記

公開日: : 最終更新日:2014/12/28

スーダン、エチオピアでおよそ二ヶ月過ごした後、41時間バスに乗り続け、赤道を越え、ケニアに辿り着いた(道中の旅記事は個人ブログ参照→DOCTORinEMBRYO )。

「ブラック・ロンドン」と揶揄されるケニアの首都・ナイロビ。出国前から「どうしても自分の目で見てみたい」と思い続けてきた場所がこの大都会にあった。

それは、東アフリカ最大のスラム「キベラ」

日本から遠く離れたケニアの地にあるその存在を知ったキッカケは、高校時代に読んだ一冊の本だった。

『アフリカ日和』、ケニアの首都ナイロビに暮らす著者・早川千晶さんの生活者ならではの視点が、そのオレンジ色の表紙に負けないくらい色鮮やかに描かれていた。「ケニア=野生動物の王国」、今まで二度訪れたことがあるにも関わらず長いことそう思い込んでいたが、それだけではないケニアの現実、特にキベラスラムの話が印象的だった。

早川千晶さん プロフィール

 

早川 千晶(はやかわ ちあき)

 

ケニア・ナイロビ在住のフリーライター。

1966年福岡生まれ。

東京外国語大学インド・パーキスターン語学科ウルドゥ語専攻中退。

1987年世界放浪の旅に出発し、アジア、ヨーロッパ、アフリカ各国を旅した後、1990年にケニア・ナイロビに定住。

ケニアで旅行会社に9年間勤務し、旅の企画や撮影コーディネーターを手掛けた後、1999年にフリーライターになる。

現在は執筆活動のかたわら、ナイロビ最大級のスラム・キベラでのストリートチルドレンのための学校建設・運営、スラム住民の生活向上プロジェクト、リサイクル運動、大自然体験ツアー、アフリカの面白さを日本に伝えるイベントの企画、マサイのコミュニティが行うエコツアーのサポートなどを行っている。

1999年から日本全国各地でアフリカトーク&ライブのツアーを毎年行っている。

 

著書

「アフリカ日和」(旅行人)

「輝きがある。~世界の笑顔に出会う旅」(文化出版社)

エコロジー月刊誌 「ソトコト」

季刊 「旅行人」、朝日新聞などに連載

時は流れ、昨年11月。出国まで残り半年を控えた僕は、アフリカ関連のルポタージュ、旅行記といった本を、浮き足立ちながら手当たり次第に読み漁っていた。『アフリカ日和』を再び手に取ったのはそんな時だった。前に読んだ頃から随分と時間も経っていたが、不思議とキベラの章だけは鮮明に記憶に残っていた。

読了し、なんとなく早川さんの名前をネットで検索してみると、驚いたことに、その当日、秋田で講演会があるという。しかも3時間後。すぐさまHPに載っていた電話番号にダイヤルすると、まだ空席はあるとのこと。突然の偶然に戸惑いながらも、講演会場へ自転車を漕ぎ出した。

早川さんによるキベラの話、アフリカから日本への応援メッセージ(震災の年だった)、石原さんという方のNGOの話・・・。講演は秋田キャンパスネットという学生団体主催だったので、秋田大生のよしみで講演後の打ち上げに混ぜてもらえることになった。

この打ち上げの時、あろうことか部外者の分際で早川さんと石原さんの正面に座らせて頂き、酔いも手伝って、自分が来年アフリカへ旅立つこと、早川さんの本を読んでキベラを訪問したいとずっと思っていたこと、等を語らせてもらった。それからも時折連絡を取らせて頂き、2012年8月、キベラスラムのスタディツアーに参加させてもらえることになったのだった。

8月6日9:00am.

集合場所のPrestigePlazaに向かうと、日本と同程度の値札が掲げられた品々が棚いっぱいに並べられたその立派なショッピングモールの横に、トタン屋根の家々が見え始めた。道路一本を挟んでいるだけなのに、雰囲気が随分と違う。このPrestigePlazaの後ろに広がるのが東アフリカ最大のスラム、『キベラ』なのだ。

参加者が集まると、全員で列を成してモールの裏側へと進む。10分も歩かないうちに、キベラの「入り口」に到着した。ここで4人の迷彩服姿に機関銃を携えた警官と合流。キベラの治安は、大抵のスラムと呼ばれる地域がそうであるように、良くはない(長年通っている早川さんでさえも先日襲われたと話していた)。万が一のための警備、という意味に加え、周囲への牽制の意もあるらしい。こういうスタディツアーで団体訪問者が訪れたスラムの一般家庭がその翌日強盗に襲われる、ということも決して珍しくないのだそうだ。「自分が大丈夫だったから~」といって観光気分で安易に訪れて良い場所ではない。

両側に露店がひしめく狭い道を歩いた。当然舗装などされていない。自然分解されないプラスチック製品が、土に還らず道端に打ち捨てられているのが目に付く。野菜や七輪の炭といった生活必需品が街中で買うよりも随分と安く売られていた。

まず始めに訪れたのは織物で生活を営んでいる住民の仕事場。羊毛や蚕を買い付け、それを紡いで糸にし、タオルやスカーフなどを織っていた。もちろん電気などなく、全て手動だ。出来上がった商品は肌触りが気持ちよく、日本の市販品とだって遜色ない。そんなクオリティでも、生活を支えるのは困難だという。「スラム出身」というだけで信頼は得にくく、そもそもの資本の獲得も難しい。そんな現実ゆえに、安く買い叩かれてしまっても当座の生活のために売らざるを得ないと語っていた。

ここキベラでは1ヶ月生活するのに、最低ギリギリの生活でも3000Ksh(約3000円)はかかるという。日当100Kshのような、どんなに低賃金で雇われても、生きていくために働かざるを得ないのが現状なのだ。

次に訪れたのは「BIO GAS TOILET」なる看板が掲げられた公衆トイレ。お金を払って使用するタイプの公衆トイレで、発生したガスを精製することで燃料を生み出しているという(実際はなかなか上手くいかないらしいが)。

キベラの生活において、「①トイレ」「②燃料」「③水」という3つの大きな、そして生活の根本に関わる問題があると早川さんは言った。

①に関して、キベラの人々が身を寄せ合い共住する、トタン屋根の吹けば飛びそうな長屋には、大抵トイレが1つしかないそうだ。150人近くが住む家にトイレが一つ。皆で仲良くシェア、が難しいことは明白だろう。

事実、ビニール袋に用を足し、夜中にそれを窓から投げる「フライング・トイレット」と呼ばれる行為が今も行われているらしい。そんなキベラであるからトイレ・排泄物再利用系の支援のニーズは高いそうだ。

②に関して、スラムに暮らす人々の主要な燃料は、ガスではなく、炭や薪である。当然これらの原料は木材で、数え切れないほどの人が暮らすキベラでは相当量の木が必要となる。それ故に、キベラだけに留まらず、ケニアでは森林伐採による砂漠化が深刻な問題になっているという。

また、近隣の「NGONGの森」と呼ばれる原生林から、貧しい人々が違法に木を伐採してしまうのも大きな問題で、森林保存を妨げるだけでなく、そうして逮捕された人の家族を路頭に迷わせ、時にはストリートチルドレンを生み出してしまうのだ。

③に関して、キベラでは恒常的な断水が問題だという。もともとハイエナ等の野生動物もいたような湿地帯だったキベラだが、今では流れる川はゴミで溢れた汚水となり果て、とても飲料として使用できない(それを飲まざるを得ない人もいるらしい)。必然的に水を買うことになるわけだが、断水が続くとその値段が時に20倍近く跳ね上がる。生活の根底を支える必需品である水、それすら簡単に手に入らないのだ。

バイオガストイレから少し歩いた所に線路が走っている。その線路上に見晴らしの良いビューポイントがあり、そこからスラムを一望できた。トタン屋根の茶色が遥か彼方まで、大地にへばりつくように広がっている。あたりには生ゴミのような臭いが立ち籠め、日差しがいつもより暑い。見渡す限りのスラム街の反対側は、緑の芝生が眩しいゴルフ場になっていた。ふと、インド・ムンバイの5つ星ホテル前の路上で、体重を量りその日暮らしを営む、やせ細った老人の皺の深い顔を思い出した。

呪術的な薬屋(たいていは“フェイク”らしいが、効果を信じている人も多いという)を通りすぎ、スタンドバイミーよろしく線路を進む。廃線かと思っていたそれは、未だに使われているというから驚きだ。

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線路のある高台から混沌としたスラムへ下って行くと、珍しく少し開けた赤土の広場があり、子供たちがサッカーの試合をしていた。ここは公共のスポーツスペースで、キベラでは他のアフリカ諸国同様、サッカーが盛んだという。思春期ごろになると、特に男子は自分の将来に希望が持てなくなり腐っていくことが多いそうで、スポーツはそれを解消するのに一役買っているのだ(ちなみにママさんチームもあるらしい)。

広場の脇では職人たちが“ベッド”を作っていた。スラムで仕事を得るには、まず「ジュワカリ」と呼ばれる路上職人に弟子入りし丁稚奉公する必要がある。そこで物の作り方など、スキルを学び経験を積むのだ。

だが、一人前のジュワカリになったとしても、例えば病気にでもかかると途端に収入が途切れてしまうし、商品のストックも多くはできない。そんな脆弱な基盤を支えるために、ジュワカリ同士が連携し合い、労働組合なるものを形成しているのだという。スラムに生きる者の知恵である。

またその横にはVCTと呼ばれるHIV検査所があった。ケニアではHIV検査も、予後の薬も全て無料。日本では保険に加入していても月々〜2万円かかることを考えると、治療の待遇は想像以上に良い。

だがしかし、キベラの住人はこの施設に足を運ぼうとしない、という。その理由は、「周囲の目」を恐れていることだ。人間同士の繋がりの強いキベラでHIV検査でも受けようものなら、それこそ「村八分」状態になりかねないという。

同じ理由で、HIV母子感染予防のために粉ミルク使用を奨励しても、普及し辛いのが現状だそうだ。コミュニティ全体に対するHIVの偏った知識が差別を生む。貧困・教育・慣習・・・諸々の問題が複雑に絡み合っている、それがリアルなのだ。

そこから更にスラムの奥へと進んだ。“道”というより、長屋の間をくぐり抜けるようにして歩いた。はぐれたら確実に迷う。その位複雑だ。

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そしてようやく辿り着いた場所が、早川さん達の支援する「マゴソスクール」。現在376人の子供が通うマゴソスクールはキベラのど真ん中に建つ学校だ。ここの子供たちの多くは親から捨てられてしまったり、虐待を受けたり、働かされたりと、深い傷と辛い過去を持っている。376人の生徒の内、女子は206人と男子より多く、これは2歳や3歳なんていう頃からレイプされてしまうことがあるからだという。キベラでは「生理用品を買うために売春する」なんて事が実際に起こっているのだ。

 

そんな子供たちであるから「学校にはどこか暗い雰囲気があるのでは」と正直予想していた。が、門を開け中に入ると、オレンジ色のシャツと同じくらい眩しい笑顔で子供たちが出迎えてくれた。「キャーキャー!」と大騒ぎ。でもこちらから話しかけると照れて逃げちゃう。なんてことない普通のケニアの子供だ。彼らの背負っているものの暗さと重さは、一見では彼らの瞳に窺えなかった。

マゴソは平均収入1日1ドル以下で暮らす人々が出資し合い、支えあい、助け合い築いてきた「希望の学校」だ。基本はキベラ周辺地域からの通学制だが、家が遠い子、親から虐待を受けている子のための寮もある。建物は想像していたより遥かに立派で、壁に描かれたイラストに心が和む。

音楽が盛んなケニアでは、各ジャンルごとに大会がある(日本でいうインター杯的な)。マゴソスクールはいくつかのジャンルで非常に優秀な成績を残していた。この日は大会の前日で、そのリハーサルを子供たちが披露してくれた。青空に響くような合唱、アフリカの大地を鳴らす心地よい太鼓の音、歌のようにリズミカルな詩の朗読、素敵な小道具を用いた様々な部族民謡・・・どれも「力強さ」を感じるものだった。

教室風景の見学では子供たちが、名前、年齢、そして将来の夢、といった具合に自己紹介してくれた。女の子には看護士、男の子にはパイロットや教師が人気だった。「それが実際叶うかどうか」ではなく、スラムの環境にありながらも夢が持てることの素晴らしさ、そしてそんな環境を作り上げてきたことの意義は計り知れない。「future, I want to be a doctor」と目を輝かせながら語る子も多かった。「子供は希望」、劣悪と言わざるを得ないキベラスラムにも、希望は育っている、そう感じた。

昼食後、近所の診療所を訪ねた。ケニア人で助産師資格を持つ看護士のフリーザさんは、「人が多いキベラで老後のためにって始めたのに、無料で診ることが多いわ」と笑っていた。「ビッグマザー!」なおばちゃん、かと思ったら65歳だそうだ。かなり若く見える、というかお若い。

スラムには7箇所診療所があるそうだが、この密集した人口に対しては圧倒的に数が少ない。また、慢性的な医師不足も問題で、最近safari.com(ケニアで今をときめく携帯会社)の慈善支援で手術室を手に入れたそうだが、肝心な医師がいないそうだ。

国境無き医師団からベルギー人が来ているそうだが、彼らは彼らでリサーチ目的の“無料”診療をしており、患者がそちらに流れてしまうために、ただでさえ少ない診療所は経済的に大変だと言う。

キベラの住人は、出産は基本的に自ら行うそうだ。フリーザさんの診療所では帝王切開が27000Ksh、通常助産が3000Kshと、ナイロビの大病院へ行くよりも割安ではあるが、「誰もそんな金額は払えない」と言う。「命は金より容易く軽くなり得る」、理想論者ではいられないスラムにおける医療の現実があった。

27床のベッドでは、まだ生後数日であろう赤ちゃんが毛布に包まれ母親に抱き抱えられていた。ケニア人の母親達は赤ちゃんの体を冷やさないように非常に気を使うそうだ。ワクチンは保健省が無料配布しているが、ポリオが度々流行る為に手足を失う人が非常に多いという。また、妊娠中のマラリア感染も重篤であり、出産ひとつとってもスラムでの医療は厳しいものであるように感じた。

Some of people are satisfied with the environment here. They can make change, but some people are not willing to do it.(キベラに暮らす人の中にはスラムの環境に満足している人もいるの。変わることもできるのに、変わらないことを選んでいる、それがスラムなの。)」

一日の最後に、フリーザ先生が放った言葉だ。まだ胸に突き刺さっている。

確かにスラムの環境は劣悪だろう。だが、そこには多くのコミュニティがあった。何でも、とは言わないが、最低限の生活に必要な物“以外”も売っている。独自のルールがあり、独自の文化があり、独自の生き方がある。ここで生きていく“力”がある者にとっては、スラムから放り出されることは、たとえチャンスや世界が広がろうと、必ずしも幸せだとは言い切れない。かといって全てを放置すれば悪化の一途を辿るのは火を見るより明らかだろう。

 

「当の本人たちが少なからずスラムに満足している部分がある」

「難しい」、その一言では片付けられない問題だと、スタディツアーに参加して、それを肌で感じた。

「皆生きているんだな」、キベラを後にする時に感じた。

それこそマザーテレサの時代のインド・カルカッタの様な、あるいはフィリピン・マニラ郊外のスモーキーマウンテンの様な混沌をイメージしていた僕の目には、キベラが想像していたよりも明るく映ったのも事実だ(もちろん警察が着いて比較的安全な場所を訪問したから、というのはある)。

だが、事実として、「日本」なら死ななくて済む人々が、ここキベラでは数え切れない程死んでいるのだ。僕の主観ではキベラが人が暮らすのに適した環境だとは到底思わないし、その未来が明るいとも正直思わない。歩いていると我先にと声をかけてくる子供たちの「How are you?!(アクセントはHow)」は可愛いが、同じくらい切ない。それでも皆、生きていた。「一個一個の命が輝いて希望に溢れていた」なんて僕には言えない。でも皆、生きていた。

その事実を自分自身の目で耳で鼻で肌で感じられたこと。ケニア、ひいてはアフリカの抱える一面を体感できたこと。キベラ訪問という長年の夢を叶えてくれた早川千晶さんには、この場を借りてもう一度感謝したい。

キベラ診療所で働くフリーザ氏に、去り際に一つ約束をした。

 

「ケニアじゃないかもしれないし、もしかしたらアフリカじゃないかもしれないけど、僕も貴方のように、自分を必要とする誰かのために働ける人間になります」

 

そう格好つけ、握手を交わす僕に、彼女は優しく微笑んでいた。

次話:「国連オフィスに行ってきた」 

医学生のアフリカ旅|旅の始まりはこちらへ「1年間休学させてください」

(ライター 医学科 井口明)

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