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初めての入院

公開日: : 最終更新日:2013/12/30

  旅の一カ国目はモロッコだった。旅の「カン」を取り戻そうと国内各地を観光しながら一周してるうちに、気づけば一ヶ月が過ぎていた。

 当初、「モロッコから南下し西アフリカから東アフリカへ抜け、サハラを目指して北上する(西回り)」というルートを考えていたが、「道がぬかるんでいて車が通れない」やら「雨期で蚊が多いから感染病リスクが高い」といった季節的な悪条件のため、急遽エジプトへと飛んだ。”本来の”最終目的地がエジプトだっただけに、旅とは実にいい加減かつ直感的なものである。

 エジプトではスキューバー・ダイビングの免許を取得することにした。国際的に有名なPADIのライセンスが$400(当時$1=約¥80)だったので、破格である。

 スキューバーダイビング—その響きだけでもカッコイイのに、海の底へと最大水深30m潜れるというのだ。履歴書の資格欄に「ダイビング・ライセンス」と書けるのも悪くない。何より「初のダイビングは紅海でした」と言えるのはなかなかにカッコウ良い。そんなノリだった。

 エジプト東部に広がる中東との交流点「シナイ半島」に位置するビーチリゾート・ダハブ。ここで計5日間の講習を受けた。

 エヴァンゲリオンに出てきそうなウェットスーツを着込み、酸素ボンベを背負って海へ潜る。「酸素がちゃんと出てこなかったらどうすんだ」なんて不安は杞憂に過ぎず、陸上と同じくらい自然に呼吸できることに驚いた。まだ少し冬を帯びた海は冷たかったが、無重力空間のような水中から見上げた太陽が眩しかった。

 一日に数回潜り、その日ごとに新しいスキルを練習し、そんな調子で2日目までを順調に終えた。

 ”異変”を感じたのはダイビング講習3日目のこと。3mほど潜行すると頭の中を縛られてるような痛みを感じた。前日の夜ドミトリーにあまりに蚊が多くて外のソファーで寝たからか、睡眠不足と少し風邪っぽいような節があったのでそれを疑った。宿に戻り体温を測ってみると、

「38.6℃」

 予想外の高熱に驚いた。たかだか一晩風にさらされたくらいでこんなに高熱が出たことがショックで、翌日から始まるはずだった講習を延期してもらい、一日しっかり休むことにした。

 大抵、こういう突発的な熱は翌日冷めるもの。そう期待して目を閉じたのだが、翌朝、体温は前日とさほど変わりない。結局、薬を飲みもう一日様子を見ることにした。

 症状は熱と下痢と鼻水のみ。頭痛も吐き気も倦怠感も関節痛も悪寒もナシ。食欲もそれなりにあったので、栄養価高そうなものを選んで意識的に食べ、水分もマメにしっかり補給した。

 その晩、熱は36.4℃。「これで完璧だろう!?」、そう思いながら暖かくしてベッドに横たわった。

 翌朝、熱は39.4℃まで上がっていた。前日夜から水様性の下痢も始まり、単なる風邪以外の可能性を考え始めた。西ナイル熱、マラリア、赤痢・・・大した知識もないくせに、最悪の病名ばかりが頭に浮かんだ。結局、薬の効果も感じられず、熱の下がる気配も無かったので、ダハブの病院に行くことにした。

 宿からタクシーで5分ほどに位置するDahab  Specialized Hospitalは、新築なのか内装も外装も綺麗だった。保険証を提示し、少々冷房が効き過ぎている待合室で待つこと15分、青いケーシー白衣を着た看護士さんに診察室に呼ばれた。

 ベッドに仰向けになり、エジプト人医師による病状聴取&触診を受けた後、別室(ここもエアコン効き過ぎ)で血液採取。看護士さんは素手だった。

名称未設定2

 その後、病室に案内された。薬を処方してもらって帰るつもりで来ていたのだが、どうやら検査入院する必要があると言う。予想外の展開に戸惑っていると、イスラム圏特有のスカーフを頭に巻いた看護婦さんが手馴れた様子で点滴の準備を始めた。人生初の点滴がまさかダハブになるとは予想だにしなかった事である。

 病室は個室で、コーラやジュースが一杯入った冷蔵庫、紙つきの洋式トイレ、CNNが入るテレビ、無料のwi-fi、染みひとつない白い壁、とVIPのような待遇だった。「宿に一瞬戻ってPCをとってきたい」と言うと、立派な車まで呼んでくれたほどの致せり尽くせり具合だった。

 その日から3日間、X線、呼吸マスク、腹部エコーとあらゆる治療を受けた。幸い点滴と錠剤が効いたのか、熱は随分と下がっていた。

名称未設定

『サルモネラ』による胃腸炎—

 主治医は聞き取りづらいアラビア英語でそう告げた。一時は赤痢や西ナイル熱まで覚悟しただけに、なんとなく呆気ない結果だが、それでもほっと胸を撫で下ろした。

 計3日の入院生活中、暇にまかせてダラダラと物思いに耽った。

 一つは「母国語が通じない環境での入院」のこと。日常会話程度の英話力はあるつもりでいたが、具合の悪い時に英語を話さなければならないのは辛いし、病状聴取でもちゃんと説明が通じているのか不安だった。また、説明などに知らない単語を使われるともうお手上げで、「stools」すら分からなかった僕は幾分か恥をかいた。

 けれど、「日本に来ている外国人」も同じことを思ってるんじゃないかなあ、とふと思った。日本で語学に長けた医師ばかりでないのは自明だろう。意思疎通自体はできたとしても、患者の不安な気持ちは大きいに違いない。そういう意味でも、国内での「観光」的な部分と「医療」というジャンルの繋がりは少なからずあるように身をもって実感した。

 次に、「医療者としての働き方」のこと。僕の担当の看護士さんがドイツ人のオバちゃんで、フリーランスの看護士として色々な国々を遍歴しながら生きている方だった。それが日本の看護士免許で可能なのか知らないが、僕は彼女の生き方に好感を持った。人それぞれ一度きりの生をどう使おうと勝手だが、彼女はいわば「どう生きるか」という軸の「手段」として医療を用いていた。

 僕も、浅い主観でしかないが、医療はあくまで「手段」であると思っている。それを用いて何を為すか、そもそもの根幹である自身の「生」にどうそれを絡めてゆくか。そのことにもっと意識的になるべきなんじゃないかと感じた。これは自戒を多いに含む。

 最後に、「金」のこと。海外旅行保険に加入していたので当たり前ではあるのだが、請求書類を何枚か書き、ロンドンの支部に電話を一本いれただけで、交通費やら何やらを含めた入院費用を全額支払ってくれた。けれど改めて、それは「お金あるからできる」んだよなあ、と思う。

 タクシーに乗る時、「どっちの病院に行く?」と聞かれた。特に何も考えず「良いほうの病院!」と頼んだが、きっとその「もうひとつの病院」にだって行けない地元の人は数えきれない程いる。

 ダハブ中心部でだらだら過ごしていると世界がそこで完結してしまうが、5分も車を走らせるとそこには観光収入にすらありつけていない、質素な土壁と小汚い服(というより布)を纏った家族が住んでいる。彼らはきっと僕の入院したdahab specialized hospitalには一生いけないだろう。例えそれが見え辛いであったとしても、医療格差はこのダハブにも確かに在り、極端かもしれないが自分の命は誰かの命の犠牲の上に成り立っていた。

 

 3日後、ライセンスは無事取得できた。普段意識しない色々を考えさせられただけに、ふざけた顔をした写真付きのそのライセンスは、何だか一層大切な物に思えた。

                                 次話:「サハラ砂漠の小さな村で」

医学生のアフリカ旅|旅の始まりはこちらへ「1年間休学させてください」

(ライター 井口明 医学科)

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